帚木09 常夏の女

2019-12-0602 帚木

フレーズ対訳

帚木 フレーズ対訳 第9章

  • 《中将 なにがしは痴者の物語をせむ とて》135
    頭中将は、「わたくしは愚か者の話をしましょう」と前置きして、
  • 《いと忍びて見そめたりし人のさても見つべかりしけはひなりしかば》136
    「たいそう人目を忍んでいい仲になった女が、秘密裏のままのつき合ってゆけそうな感じでしたので、
  • 《ながらふべきものとしも思ひたまへざりしかど 馴れゆくままにあはれとおぼえしかば》136
    長続きしそうな関係とも思っておりませんでしたが、馴れゆくうちにはいとしく思えてきて、
  • 《絶え絶え忘れぬものに思ひたまへしを》136
    途絶えがちながら忘れられない存在になっていたのですが。
  • 《さばかりになれば うち頼めるけしきも見えき》137
    それほどの仲になってみますと、少しは夫としての信用を勝ち得たようにも見えました。
  • 《頼むにつけては 恨めしと思ふこともあらむと 心ながらおぼゆるをりをりもはべりしを 見知らぬやうにて》137
    頼むとなれば恨めしいと思うこともあろうと一人推量される折々もあったのですが、気にも留めておらぬふうで、
  • 《久しきとだえをも かうたまさかなる人とも思ひたらず》137
    久しく通いが途絶えてもこんなにも足が遠いかとなじる様子もなく、
  • 《ただ朝夕にもてつけたらむありさまに見えて心苦しかりしかば 頼めわたることなどもありきかし》137
    ただ朝夕の仕度に専念しようとしている様子が見て取れいじらしく思われたので、いつまでも頼りにするよう幾度となく言って聞かせたりなどもしました。
  • 《親もなくいと心細げにて さらばこの人こそはと 事にふれて思へるさまもらうたげなりき》138
    親もなくとても心細い様子で、それだけにこの人だけが頼みだとことあるごとに思っているようなのも可愛らしい感じでした。
  • 《かうのどけきにおだしくて 久しくまからざりしころ》139
    こんなふうにおっとりしているのをいいことにして久しく訪れもせずにいたところ、
  • 《この見たまふるわたりより 情けなくうたてあることをなむ さるたよりありてかすめ言はせたりける》139
    私の妻あたりから、情を欠いた手ひどいことを適当な仲立ちを通してほのめかせたとの由、
  • 《後にこそ聞きはべりしか》139
    あとではじめて聞き知った次第です。
  • 《さる憂きことやあらむとも知らず 心には忘れずながら 消息などもせで久しくはべりしに》140
    そんなつらいことがあろうとも知らず、心では忘れずながら便りなんかもせず久しく沙汰なしにしておりましたところ、
  • 《むげに思ひしをれて心細かりければ 幼き者などもありしに思ひわづらひて》140
    すっかり悩みしおれ心細い境遇であったので、幼い娘がいることなどもわずらいの種であり、
  • 《撫子の花を折りておこせたりし とて涙ぐみたり》140
    そこで撫子の花を折って結び文を寄越してまいりました」と言いいながら頭中将は涙ぐんでいる。
  • 《さて その文の言葉は と問ひたまへば いさや ことなることもなかりきや》141
    「それで、その手紙の中身は」と光の君がお問いになったところ、「いえ、これと言って変わった内容でもありませんでしたよ。
  • 《山がつの垣ほ荒るとも折々にあはれはかけよ撫子の露》142 ★☆☆
    山がつの垣は手つかず荒れるとも、折りあるごとに愛情をそそいでくださいな、あなたが撫でてかわいがってくださらないから、撫子は露にまみれて泣きじゃくっていますよ
  • 《思ひ出でしままにまかりたりしかば》143
    思い出すまますぐに出かけて行きましたところ、
  • 《例のうらもなきものから いと物思ひ顔にて 荒れたる家の露しげきを眺めて》143
    これまで通りわたしに対してはわだかまりのない様子でしたが、それでもひどく憂いに沈んだまま荒れた家の露にそぼ濡れた庭を眺め、
  • 《虫の音に競へるけしき 昔物語めきておぼえはべりし》143
    虫の音と競うように泣いている姿は昔の物語めいた感じに思えました。
  • 《咲きまじる色はいづれと分かねどもなほ常夏にしくものぞなき》144 ★☆☆
    咲き混じれば大和撫子も唐撫子も美しさこそいずれを甲乙つきかねますが、やはりわたしには常夏の花が一番です、子は頭を撫でただけですが、あなたは床で撫であった仲なのですから。
  • 《大和撫子をばさしおきて まづ塵をだになど 親の心をとる》145
    大和撫子のことは二の次にして、これからは何はさておき寝床に塵さえつかぬよう頻繁に通うことにしょうなどと親の本心を汲み取る。
  • 《うち払ふ袖も露けき常夏にあらし吹きそふ秋も来にけり》146
    床の塵を払い人待ちしてさえ訪れなく袖も涙で濡れています、伴寝する喜びを知った常夏の花なのに、本妻からは脅され激しい嵐まで吹き加わって、いよいよ秋が到来し、あなたが飽きて去って行く季節ですね。
  • 《とはかなげに言ひなして まめまめしく恨みたるさまも見えず》146
    とはかなげな調子で言いなし、本気で恨んでいる様子も見受けられず、
  • 《涙をもらし落としても いと恥づかしくつつましげに紛らはし隠して つらきをも思ひ知りけりと見えむは わりなく苦しきものと思ひたりしかば》146
    つい涙をこぼしてもたいそう気まり悪げにつつましく包み隠してしまうし、辛い思いをしているように見られてはやり切れないほど苦しいと考えているようなので、
  • 《心やすくて またとだえ置きはべりしほどに 跡もなくこそかき消ちて失せにしか》146
    気を許してまたぞろ足が遠のいてしまいましたそのうちに、跡形なく姿をくらませてしまったのです。
  • 《まだ世にあらば はかなき世にぞさすらふらむ》147
    まだこの世にあれば、あてどない身の上でさすらっていることでしょう。
  • 《あはれと思ひしほどに わづらはしげに思ひまとはすけしき見えましかば》148
    いとしさを感じていたあの時分に、うるさいほどすがりつく様子が見て取れていましたら、
  • 《かくもあくがらさざらまし》148
    こんな行方もしれない状態にさせはしなかったでしょうに、
  • 《こよなきとだえおかず さるものにしなして長く見るやうもはべりなまし》148
    ああまでひどい途絶をせずに、妻として立派な待遇を与えて末長く世話をする方途もあったでしょうに。
  • 《かの撫子のらうたくはべりしかば いかで尋ねむと思ひたまふるを 今もえこそ聞きつけはべらね》149
    あの撫子が可愛いかったので、どうかして尋ねあてようと思っているのですが、今もっていどころを聞きつけられないのです。
  • 《これこそのたまへるはかなき例なめれ》150
    これこそあなたのおっしゃった心の底があてにできない女の例でしょう。
  • 《つれなくてつらしと思ひけるも知らで あはれ絶えざりしも 益なき片思ひなりけり》150
    感情を外に出さない質で内々恨めしいと思っていてもそれさえ気がづかず、愛情が冷めずにいたのも益体もない一方的な思い入れだったのです。
  • 《今やうやう忘れゆく際に かれはたえしも思ひ離れず 折々人やりならぬ胸焦がるる夕べもあらむとおぼえはべり》151
    今わたくしの方はようやく忘れつつあるというのに、むこうでは今がいまどうにも思い切ることができず、折々誰も責められず胸を焦がす夕べもあろうと思えるのです。
  • 《これなむ え保つまじく頼もしげなき方なりける》152
    こういう女こそが付き合いを続けづらくてにしにくい部類なのです。」
  • 《されば かのさがな者も 思ひ出である方に忘れがたけれど さしあたりて見むにはわづらはしくよ よくせずは 飽きたきこともありなむや》153
    (左馬頭)「そうであれば、あの口やかましい女も心に思いが残っている点で忘れがたいけれども、正妻として顔をつきあわして暮らすとなると気詰まりで、悪くすると嫌気がさすこにもなったでしょう。
  • 《琴の音すすめけむかどかどしさも 好きたる罪重かるべし》153
    琴が達者だった女の才気も、男好きの罪は重いと断じねばなるまい。」
  • 《この心もとなきも 疑ひ添ふべければ いづれとつひに思ひ定めずなりぬるこそ》154
    (頭中将)「このつかみどころのない女にしても男がいる疑いがつきまとうのだから、どんな女が妻によいかはついに決定できず仕舞だな」
  • 《世の中や ただかくこそ とりどりに比べ苦しかるべき》155
    (左馬頭)「男女の仲というものは、まさしくそのように決定できないもの。それぞれがまちまちで一概に比較するのは難しいものでしょう。」
  • 《このさまざまのよき限りをとり具し 難ずべきくさはひまぜぬ人は いづこにかはあらむ》156
    (頭中将)「このさまざまな良い面だけをとり合わせ、非難すべき点の交じらない人がどこかにいるでしょうか。
  • 《吉祥天女を思ひかけむとすれば 法気づきくすしからむこそ また わびしかりぬべけれ とて 皆笑ひぬ》157 ★☆☆
    吉祥天女に思いをかけようとしたとしても、抹香臭く人間離れしている点で、やはり気萎えしてしまうことでしょう」と言って光の君以外はみな笑った。

2019-12-0602 帚木

Posted by genjisite