帚木08 木枯しの女

2019-12-0602 帚木

フレーズ対訳

帚木 フレーズ対訳 第8章

  • 《さて また同じころ まかり通ひし所は 人も立ちまさり》117
    「さてまた、同じ頃わたくしめの通っておりましたところは人品も格段にまさり、
  • 《心ばせまことにゆゑありと見えぬべく うち詠み 走り書き 掻い弾く爪音 手つき口つき》117
    趣味の面でもまことに教養深いと誰もが思うように、歌もやすやすと詠み、字もさらさらと書き、ちょっと鳴らしてみる琴の爪音演奏の手ぶり歌いぶり、
  • 《みなたどたどしからず見聞きわたりはべりき》117
    みなこともなくこなして見せるのを幾度となく目にも耳にもして来たものです。
  • 《見る目もこともなくはべりしかば このさがな者をうちとけたる方にて》118
    見た目も難はございませんでしたから、例のやかまし屋は気安い通いどころにとっておき、
  • 《時々隠ろへ見はべりしほどは こよなく心とまりはべりき》118
    この女と時々人目を忍んで逢いびきしていましたうちはこれ以上ないほど惚れこんでおりました。
  • 《この人亡せて後 いかがはせむ あはれながらも過ぎぬるはかひなくて》119
    例の女が亡くなってからはいかんせん、愛しくとも死んでしまっては頼み甲斐がなくて、
  • 《しばしばまかり馴るるには すこしまばゆく 艶に好ましきことは目につかぬ所あるに うち頼むべくは見えず》119
    といって度々通い馴れるには目を覆いたくなるほどあだっぽく多情な質は性に合わぬところがあるため生涯の伴侶として頼める女には見えなくて、
  • 《かれがれにのみ見せはべるほどに 忍びて心交はせる人ぞありけらし》119
    とだえがちにのみ姿をみせるうちに隠れて情を通わす男ができたらしいのです。
  • 《神無月のころほひ 月おもしろかりし夜 内裏よりまかではべるに》120★★★
    神無月の頃月の美しい夜に、内裏より退出いたしました折り、
  • 《ある上人来あひてこの車にあひ乗りてはべれば 大納言の家にまかり泊まらむとするに》120
    ある殿上人と行きあいわたしの牛車に途中まで相乗りすることなりましたので、大納言の家に出向いて宿る予定といたしましたところ、
  • 《この人言ふやう 今宵人待つらむ宿なむ あやしく心苦しきとて》120
    この人が言うには「今宵人持ちしてる宿のことがどうにも気がかりで」と、
  • 《この女の家はた 避きぬ道なりければ 荒れたる崩れより池の水かげ見えて 月だに宿る住処を過ぎむもさすがにて 下りはべりぬかし》120
    折しも例の女の家が道沿いで避けることはならず、荒れた築地のくずれからは池に映った月影がのぞかれ、月ですら宿る住みかを素通りするのもさすがに心苦しくつい二人して降り立ってしまったのです。
  • 《もとよりさる心を交はせるにやありけむ この男いたくすずろきて 門近き廊の簀子だつものに尻かけて とばかり月を見る》121★★☆
    あらかじめ示し合せておいたのでしょう、その男がひどく浮き浮きして、中門近くの廊の濡れ縁みたいなところへ尻をかけしばし月を眺めております。
  • 《菊いとおもしろく移ろひわたり 風に競へる紅葉の乱れなど あはれと げに見えたり》122
    菊の花が霜にあたり趣き深い色に咲きひろがり、風と競って舞い散る紅葉の狼藉などああいいなと本当に心に沁みました。
  • 《懐なりける笛取り出でて吹き鳴らし 蔭もよしなどつづしり謡ふほどに》123
    男は懐に入れておいた笛を取り出して吹き鳴らし「月影もよし」と、宿決めの歌を笛の合間合間に少しずつ歌ううちに、
  • 《よく鳴る和琴を 調べととのへたりける うるはしく掻き合はせたりしほど けしうはあらずかし》123
    調べよき和琴をあらかじめ調子をあわせておいたと見え、男に合わせて合奏したその様は悪いものではありませんでした。
  • 《律の調べは 女のものやはらかに掻き鳴らして 簾の内より聞こえたるも 今めきたる物の声なれば 清く澄める月に折つきなからず》124
    律の調べは、女がやさしく演奏して簾の内から漏れてくるというのも、今風の音色に感じられるので清く澄んだその夜の月の光りに頃合いの風情でありました。
  • 《男いたくめでて 簾のもとに歩み来て 庭の紅葉こそ 踏み分けたる跡もなけれなどねたます》125★☆☆
    男はたいそう感心して簾近くに歩み寄り、「庭の紅葉こそ男の通った跡もないがあなたどうかな」などと嫉妬心を掻きたてる。
  • 《菊を折りて》126
    色の移ろった菊を折って、
  • 《琴の音も月もえならぬ宿ながらつれなき人をひきやとめける》126★☆☆
    琴の音もよく月もさしこむ申し分ない宿なのですから、これまでつれない夫をひきとめて来たのでしょうね
  • 《悪ろかめりなど言ひて 今ひと声 聞きはやすべき人のある時 手な残いたまひそなど いたくあざれかかれば》126
    どうやら分は悪そうに見えますなあ」などと言って、「もう一曲。聞いてよろこぶ人がある時に、弾き惜しみはなりませんぞ」などと、ひどく戯れかかったところ、
  • 《女いたう声つくろひて》127
    女もひどく声を作って、
  • 《木枯に吹きあはすめる笛の音をひきとどむべき言の葉ぞなき》127
    人目も木の葉も枯らしてしまう木枯らしに合わせてお吹きになっているようなはげしい笛の音をひいてとめさせる琴も言葉も持ち合わせておりませんわ
  • 《となまめき交はすに 憎くなるをも知らで また 箏の琴を盤渉調に調べて 今めかしく掻い弾きたる爪音 かどなきにはあらねど まばゆき心地なむしはべりし》127
    と、悩ましい歌を詠みかわすので、聞いてるこちらが業を煮やすのも知らず、お次はまた筝の琴を華やかな盤渉調で奏でるのですが、今風に弾く爪音は才気を感じなくもなかったのですが、居たたまれない思いでした。
  • 《ただ時々うち語らふ宮仕へ人などのあくまでさればみ好きたるは さても見る限りはをかしくもありぬべし》128
    単に時々ちょっかいを出す宮仕えの女房などが、どこまでも物馴れた調子で男好きなのは、そのように付き合う限りには気をそそられするものですが、
  • 《時々にても さる所にて忘れぬよすがと思ひたまへむには 頼もしげなくさし過ぐいたりと心おかれて》128
    時々であっても、しっかりとした通いどころとして忘れることのない連れ合いと思ってみますには、頼もしい感じはなく好きがましいにもほどがあるとつい気持ちが離れてしまい、
  • 《その夜のことにことつけてこそ まかり絶えにしか》128
    その夜のことにかこつけて通うのをぷっつりやめてしましました。
  • 《この二つのことを思うたまへあはするに 若き時の心にだに なほさやうにもて出でたることは いとあやしく頼もしげなくおぼえはべりき》129
    この二つの例を考えあわせてみまするに、若い時分の気持ちでさえやはりそのように出過ぎた真似は、とても危なっかしく頼もしからぬように思われたものです。
  • 《今より後はましてさのみなむ思ひたまへらるべき》130
    今より後にはましてそうとしか考えようがないでしょう。
  • 《御心のままに 折らば落ちぬべき萩の露 拾はば消えなむと見る玉笹の上の霰などの 艶にあえかなる好き好きしさのみこそ をかしく思さるらめ》131★☆☆
    御心のままに手折ればこぼれ落ちてしまいそうな萩の上の露や、手にとれば消えてしまう笹の葉の上の霰のような、なまめかしくひ弱で色っぽい女性ばかりにご興味がおありでございましょうが、
  • 《今さりとも 七年あまりがほどに思し知りはべなむ》131
    いまはそうでも七年あまりもたつうちにはきっとお分かりになっておられましょう。
  • 《なにがしがいやしき諌めにて 好きたわめらむ女に心おかせたまへ》132
    わたしごとき卑しい者のいさめに従い、男好きで浮気性の女には用心なさいませ。
  • 《過ちして 見む人のかたくななる名をも立てつべきものなり と戒む》133
    他の男と過ちを犯して、世話する夫こそ間抜けたものだと評判まで立てずにはおかないものです」といさめる。
  • 《中将 例のうなづく》134
    頭中将は例のごとくうなずく。
  • 《君すこしかた笑みて さることとは思すべかめり》134
    光の君はすこしうす笑いを浮かべながらもそうではあろうがとお思いのようだ。
  • 《いづ方につけても 人悪ろくはしたなかりける身物語かな とて うち笑ひおはさうず》134
    「誰の身に起きたとしても外聞悪くみっともない身の上話だな」とおっしゃり、みな思わずお笑いになった。
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Posted by genjisite