手を書きたるにも 089 ★☆☆
解読編
帚木 原文 現代語訳 第6章07
難易度★☆☆
解釈の決め手
気色ばめる
気取ってと解釈されているが、思うにまかせての意味。木の道や絵所の例では、「心にまかせて作り出だす/02-086」や「心にまかせてひときは目驚かして/02-088」に当たる。この部分は気取るでも通るので、風流気の多い木枯らしの女と結びつけて解釈されてきた。しかし、/02-090で考察する通り「気色ばむ」はもともとある本心が外に現れること(馬脚を現すこと)であって、本心を見えなくさせる「気取るなど」とはおよそ正反対の意味である。指をくう女が「気色ばめる」例である。嫉妬心が外に現れて口さがなく、怒りにまかせるのが気色ばめるである。
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解析編
語りの対象・構造型・経路図
対象:書一般の心構え/心の赴くままに書いた書/丁寧に書の作法に則った書
- 《手を書きたるにも》A
字を書いた場合でも、
- 《深きことはなくて ここかしこの点長に走り書き そこはかとなく気色ばめるは・うち見るにかどかどしく気色だちたれど》B・C
深い意図などなくて、あちこちの点を書き流しどことなく気分を出している書は、ぱっと見には才気走り雰囲気があるようだけれど、
- 《なほまことの筋をこまやかに書き得たるは・うはべの筆消えて見ゆれど》D・E
やはりまことの筆法通りに細心の注意を払って書きえた書は、見た目のうまさこそ目につかないが、
- 《今ひとたびとり並べて見れば・なほ実になむよりける》F・G
今一度とり並べて見るとやはり誠実な書に心は惹かれるのです。
分岐型:A<[{(B<C)+(D<E)}<F]<G
- A<[{(B<C)+(D<E)}<F]<G:A<G、B<C<F<G、D<E<F<G、
- A<B:AはBに係る Bの情報量はAとBの合算〈情報伝達の不可逆性〉 ※係り受けは主述関係を含む
- 〈直列型〉<:直進 #:倒置 〈分岐型〉( ):迂回 +:並列 〈中断型〉φ:独立文 [ ]:挿入 |:中止法
- 〈反復型〉~AX:Aの置換X A[,B]:Aの同格B 〈分配型〉A<B|*A<C ※直列型以外は複数登録、直列型は単独使用
述語句・情報の階層・係り受け
構文:ば…なほ実になむよりける/五次
- 〈主〉述:一朱・二緑・三青・四橙・五紫・六水 [ ]:補 /:挿入 @・@・@・@:分岐
- 132「手を書きたるにも」→「なほ実になむよりける」
- 133「深きことはなくて ここかしこの点長に走り書き そこはかとなく気色ばめるは うち見るにかどかどしく気色だちたれど」「なほまことの筋をこまやかに書き得たるは うはべの筆消えて見ゆれど」:対比
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語彙編
手
筆。
深きことはなくて
深くは考えずに。「心にまかせて/02-086・02-088」に当たる。
点長に
気分に任せて書くことのようだが、点が長くなるのか、点と筆をおいた後にスーっと筆を走らせることを言うのか、判明しない。
そこはかとなく
場所や原因理由などははっきり指摘することができない状態を表す。この場合、この箇所、この箇所と場所を特定せずに。
かどかどしく
才気走る。
まことの筋
真実の筆法に沿うこと。
書き得たる
うまく書けているのは。
うはべの筆
見た目のうまさ。
なほ
木の道や絵と同様、書の場合でもやはり。
実に
丁寧な書き方。
より
「因り」「依り」で、丁寧な書き方をしたからである。
おさらい
手を書きたるにも 深きことはなくて ここかしこの点長に走り書き そこはかとなく気色ばめるは うち見るにかどかどしく気色だちたれど なほまことの筋をこまやかに書き得たるは うはべの筆消えて見ゆれど 今ひとたびとり並べて見れば なほ実になむよりける
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