帚木11 雨夜の品定むすび

2019-12-0602 帚木

フレーズ対訳

帚木 フレーズ対訳 第11章

  • 《すべて男も女も悪ろ者は わづかに知れる方のことを残りなく見せ尽くさむと思へるこそ いとほしけれ》177
    (左馬頭)「総じて男でも女でも、半端者は、わずかに知っている分野の事柄を知れる限りみな、さらけ出そうと意図しているのがなんともざまの悪いことだ。
  • 《三史五経 道々しき方を 明らかに悟り明かさむこそ 愛敬なからめ》178
    三史五経や専門的な教学をつぶさに体得しようなどとすればかわいげがないが、
  • 《などかは 女といはむからに 世にあることの公私につけて むげに知らずいたらずしもあらむ》178
    どうして女だからといって世の中の出来事を公私にわたり、むげにしらをきめたり半端な理解ですまされたりしましょう。
  • 《わざと習ひまねばねど すこしもかどあらむ人の 耳にも目にもとまること 自然に多かるべし》178
    強いて習い覚えようとしないでも、すこしく才覚のある人なら耳目にとまる事柄が自然と多いはずですよ。
  • 《さるままには 真名を走り書きて さるまじきどちの女文に なかば過ぎて書きすすめたる》179
    しかしそうなると生覚えのまま漢字をさらさらと書きつづり、そうすべきでない女同士の手紙に、半ば以上も漢字を使ったりするのは、
  • 《あなうたて この人のたをやかならましかばと見えたり》179
    なんとも見苦しくて、この人に優美さが備わっていればと思われます。
  • 《心地にはさしも思はざらめど おのづからこはごはしき声に読みなされなどしつつ ことさらびたり》180
    当人はさほど気にかけていないでしょうが、受け取る側は自然とごつごつ強張った声で読まされるはめになるなど不自然さが先立ちます。
  • 《上臈の中にも 多かることぞかし》180
    身分の高いご夫人方の中にもよくあることですが。
  • 《歌詠むと思へる人の やがて歌にまつはれ をかしき古言をも初めより取り込みつつ すさまじき折々 詠みかけたるこそ ものしきことなれ》181
    歌詠みを任ずる女性が、ついつい歌にとりつかれ、興味を引く古歌を初句から折りこみながら、とんでもない折々に詠みかけてくることこそ疎ましいものだ。
  • 《返しせねば情けなし えせざらむ人ははしたなからむ》181
    返しをせねば気持ちを疑われるし、できない人はみっともなかろう。
  • 《さるべき節会など 五月の節に急ぎ参る朝 何のあやめも思ひしづめられぬに えならぬ根を引きかけ》 182 ★★☆
    大事な節会など、端午の節会に急いで参内する朝なんの分別もわからぬほど心しずめられずにいるのに、立派な菖蒲の根を寄越し歌を詠めと言ってきたり、
  • 《九日の宴に まづ難き詩の心を思ひめぐらして暇なき折に 菊の露をかこち寄せなどやうの つきなき営みにあはせ》182
    重陽の節会に何はさておき難韻の作詩に思いを巡らせゆとりがない時に、不老長寿を願う菊の露にこと寄せ歌を詠めなどといった手も出せない申し入れに加え、
  • 《さならでもおのづから げに後に思へばをかしくもあはれにもあべかりけることの その折につきなく 目にとまらぬなどを 推し量らず》182
    言われなくても後から思えばおのずとたしかに興味もそそり愛情もますような事柄ではあれその時の状況には不似合いでつい見落としてしまったことなどを斟酌せずに、
  • 《詠み出でたる なかなか心後れて見ゆ》182
    詠みかけてくるのは、気転が利くようでかえって思慮を欠いてみえるものです。
  • 《よろづのことに などかは さても とおぼゆる折から》183
    何事でもどうしてそんなことをそのままでよいのにとつい思えることが多い今日この頃ですから、
  • 《時々 思ひわかぬばかりの心にては よしばみ情け立たざらむなむ目やすかるべき》183
    時々の状況を見分けられぬ程度の頭では、気取ったり思わせぶったりはしない方が見よいでしょう。
  • 《すべて 心に知れらむことをも 知らず顔にもてなし》184
    総じて、心に知りつくしていることでも知らぬ顔でふるまい、
  • 《言はまほしからむことをも 一つ二つのふしは過ぐすべくなむあべかりける と言ふにも》184
    言いたいことがあっても一つ二つくらいは黙って見過ごすくらいでいるのがよろしいでしょうよ」と言うにも、
  • 《君は 人一人の御ありさまを 心の中に思ひつづけたまふ》184
    若君はただ一人の御有様を心の中で思いつづけておられる。
  • 《これに足らずまたさし過ぎたることなくものしたまひけるかな と ありがたきにも いとど胸ふたがる》185
    「左馬頭の論に不足もせず、また行過ぎることもなくいらっしゃることだな」と、たぐいない人だと思うにつけ、ますます胸がふさがる。
  • 《いづ方により果つともなく 果て果てはあやしきことどもになりて 明かしたまひつ》186
    どちらの方向に議論が行き着くというでもなく、とうとうしまいは猥談などになって夜を明かしてしまわれた。

2019-12-0602 帚木

Posted by genjisite