光る源氏 名のみこ 001 ★★☆
解読編
帚木 原文 現代語訳 第1章01
光る源氏 名のみことことしう 言ひ消たれたまふ咎多かなるに いとど かかる好きごとどもを 末の世にも聞き伝へて 軽びたる名をや流さむと 忍びたまひける隠ろへごとをさへ 語り伝へけむ人の もの言ひさがなさよ
難易度★★☆
光源氏とはまあ、名ばかりごたいそうだが、とつい言いよどんでしまう不始末が多いとのことなのに、ますますもって、こんな色恋沙汰の数々を後の世にまで語り継がれて、軽はずみの名を流すことになってはと、お隠しになっておられた秘密までも、語り伝えようとした人の、なんと口さがないことか。
解釈の決め手
言ひ消たれ:「非難する」ではない
言いかけた言葉を途中でつぐむこと。「名のみことことしう」のウ音便の後の非難する語句を省略したこと。非難するのではない。
いとど:係る場所、それが問題だ
ますますの意味。すでに「咎」は多いのに。「いとど」を心内語と取る説では「をや流さむ」にかける。「いとど」を心内語としない説では「語りつたへ」にかける。だが、これは論理が逆である。訳が決まってから、心内語に入れるか入れないかを決めているに過ぎず、この論法ではどちらが正しいか証明できない。なお、「忍びたまひける」にかける説もある。
かかる好きごとども:語りか心内語か
「かかる」を語り手の言葉とすれば、この帖の後半から語られる空蝉・軒端荻・夕顔との恋愛を指すという、諸注釈の説明通りであろう。しかし、軒端荻はともかく、空蝉は光源氏が生涯大切にする女性であり、夕顔は喪ってしまうが、娘の玉鬘はやはり長きにわたり愛育するのだから、「好きごとども」の一言でまとめるには違和感がある。
「かかる」を光源氏の心内語と考えるとどうなるか。「かかる」は漠然と光源氏が経験した色恋沙汰全般を指すことになる。そのうち空蝉・軒端荻・夕顔などを語り手は取り上げたことになる。
ここがPoint
光源氏の不品行
いとど
- A「いとど」→「軽びたる名をや流さむ」 B「いとど」→「語り伝へけむ」
- AとBどちらでも意味的にはかけられるが、「いとど」の直前「咎多かなるに」の接続助詞「に」が、「名をや流さむ」にかかることを考えると、「いとど」は同じく「名をや流さむ」にかかると考えるのが自然。さらに、Bの読みは「交差禁止」の規則に反する。
- 「光る源氏」→「と忍びたまひける」という係り受けがある。「いとど」は間に入っているので、外にかかることはできない。これを「交差禁止」と呼ぶことにする。「交差禁止」は和文に限らない一種の普遍文法であり、この法則がないとどこまでも係る先を探すことになり、決定できなくなってしまう。
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解析編
語りの対象・構造型・経路図
対象:光源氏/(後世の)人/(光源氏と同時代の)人
- 《光る源氏 名のみことことしう 言ひ消たれたまふ咎多かなるに》A
光源氏とはまあ、名ばかりごたいそうだが、とつい言いよどんでしまう不始末が多いとのことなのに、 - 《いとど かかる好きごとどもを 末の世にも聞き伝へて 軽びたる名をや流さむと》B
ますますもって、こんな色恋沙汰の数々を後の世にまで語り継がれて、軽はずみの名を流すことになってはと、 - 《忍びたまひける隠ろへごとをさへ 語り伝へけむ・人のもの言ひさがなさよ》C・D
お隠しになっておられた秘密までも、語り伝えようとした人の、なんと口さがないことか。
分岐型:A<(B<)C<D
- A<(B<)C<D:A<C<D、B<C
- A<B:AはBに係る Bの情報量はAとBの合算〈情報伝達の不可逆性〉 ※係り受けは主述関係を含む
- 〈直列型〉<:直進 #:倒置 〈分岐型〉( ):迂回 +:並列 〈中断型〉φ:独立文 [ ]:挿入 |:中止法
- 〈反復型〉~AX:Aの置換X A[,B]:Aの同格B 〈分配型〉A<B|*A<C ※直列型以外は複数登録、直列型は単独使用
述語句・情報の階層・係り受け
構文:のもの言ひさがなさよ/七次
- 〈主〉述:一朱・二緑・三青・四橙・五紫・六水・七赤 [ ]:補 /:挿入 @・@・@・@:分岐
- 語り手は、光源氏よりやや後代の人。光源氏の不品行を語り伝えたのは、光源氏と同時代の人。
- 001「名のみことことしう」→「言ひ消たれたまふ」
- 002「いとど」→「軽びたる名をや流さむ」
- 003「(かかる)好きごとどもを末の世にも聞き伝へて軽びたる名をや流さむと」→「忍びたまひける」
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語彙編
名のみことごとしう
光るという名前ばかりがご立派で実際の行動が伴っていない、名前負けしているとのこと。
咎
欠点、粗。
多かなる
「なる」は、伝聞。
名をや
「や」は反語。「流さむ」の「む」と呼応する。
読解の要点
おさらい
光る源氏、名のみことことしう、言ひ消たれたまふ咎多かなるに、いとど、かかる好きごとどもを末の世にも聞き伝へて軽びたる名をや流さむと、忍びたまひける隠ろへごとをさへ、語り伝へけむ人のもの言ひさがなさよ
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