かの御祖母北の方 109 ★★☆
解読編
桐壺 原文 現代語訳 第8章04
解釈の決め手
慰む方なく思し沈み:桐壺更衣の母君の死因
死の原因を説明している箇所。母君の死は、娘の更衣の死をひたすら悲観して亡くなったもので、若宮が皇太子になれなかったこととは因果関係がないとの意見がある。皇太子の決定と祖母の死の間に二年間のブランクがあることがその根拠らしいが、むろん賛成できない。なぜなら、「おはすらむ所にだに尋ね行かむ」の「だに」が意味をなさないからである。娘の死は六年前である。「だに」が前の文脈(若宮が皇太子になれなかったので、せめてもの希望として)を受けないとなると、六年間娘の死をひたすら嘆き、せめて娘の元に行きたいと願い続けたことになる。若宮こそがこの一族を勃興させる命綱であることを全く無視した解釈であろう。帝自身が母君への伝言で「かくてもおのづから若宮など生ひ出でたまはばさるべきついでもありなむ命長くとこそ思ひ念ぜめ((不幸にして娘は失ったが)こうなった今でも、宮などご成長なさったら、おのずと相応な機会もきっとある。長生きをこそ念じなさい)/01-089」とある。若宮を帝の後継者として見守ることが残された祖母の役割であり、その希望が絶たれたことが引き金となって、ひたすら娘の元に行きたいという願うようになって、その結果亡くなったとよむのが、文脈に沿った読み方だと思う。
おはすらむ所:仏教的死生観から外れた道教的な感覚
亡き更衣の魂の居場所、ここも長恨歌の影響にある道教的な考え方。当時の貴族の死後の世界観では、極楽浄土は生前積んだ功徳により、上品上生から下品下生まで九等に別れる(観無量寿経)死後の行き先が決まるので、娘のもとに行きたいと願うのは現代の感覚ならば至極自然であっても、当時の死生観からはかなり特殊である点は押さえておきたい。
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解析編
語りの対象・構造型・経路図
対象:母君(光の君の祖母)/桐壺更衣/帝
- 《かの御祖母北の方 慰む方なく思し沈みて》A
かの宮の祖母は(東宮擁立が夢と消えた今)心の慰めようなく悲嘆にくれ、 - 《おはすらむ所にだに尋ね行かむと・願ひたまひししるしにや》B・C
せめて娘のおられるところに行きたいものとお念じになったご利益からか、 - 《つひに亡せたまひぬれば・またこれを悲しび思すこと 限りなし》D・E
ついに身罷ってしまわれたので、今またあの方の縁者を失った帝の悲しみは限りがなかった。
中断型:A<[B<C<]D<E
- A<[B<C<]D<E:A<D<E、B<C
- A<B:AはBに係る Bの情報量はAとBの合算〈情報伝達の不可逆性〉 ※係り受けは主述関係を含む
- 〈直列型〉<:直進 #:倒置 〈分岐型〉( ):迂回 +:並列 〈中断型〉φ:独立文 [ ]:挿入 |:中止法
- 〈反復型〉~AX:Aの置換X A[,B]:Aの同格B 〈分配型〉A<B|*A<C ※直列型以外は複数登録、直列型は単独使用
述語句・情報の階層・係り受け
構文:限りなし/四次
- 〈主〉述:一朱・二緑・三青・四橙・五紫・六水 [ ]:補 /:挿入 @・@・@・@:分岐
- 挿入のため朱色に戻る。
- 181「おはすらむ所にだに尋ね行かむと願ひたまひししるしにや」:挿入(理由説明)
附録:助詞・敬語の識別・助動詞
- かの御祖母北の方 慰む方なく思し沈みて おはすらむ所にだに尋ね行かむと願ひたまひししるしにや つひに亡せたまひぬれば またこれを悲しび思すこと 限りなし
- 助詞:格助 接助 係助 副助 終助 間助 助動詞
- かの御祖母北の方 慰む方なく思し沈みて おはすらむ所にだに尋ね行かむと願ひたまひししるしにや つひに亡せたまひぬれば またこれを悲しび思すこと 限りなし
- 尊敬語 謙譲語 丁寧語
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おさらい
かの御祖母北の方 慰む方なく思し沈みて おはすらむ所にだに尋ね行かむと願ひたまひししるしにや つひに亡せたまひぬれば またこれを悲しび思すこと 限りなし
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