帝かしこき御心に 125 ★★★
解読編
桐壺 原文 現代語訳 第8章20
解釈の決め手
思しよりにける筋:帝自身の夙に抱いていた懸念
「いとどこの世のものならず清らにおよすげたまへればいとゆゆしう思したり(これまでにもまして、この世のものならず、輝きを放つばかりの美しさにご成長あそばされているので、帝はひどく不吉な感じをお抱きになられた)/107」、「世に知らず聡う賢くおはすればあまり恐ろしきまで御覧ず(世に類なく聡明で並外れた知力をお持ちなので、あまりなことに空恐ろしいとまで御覧になった/113」など、帝は自身も早くから若宮に不吉なものを感じ取っていた。
頼もしげなめること:確定できない不安要素がある
「頼もしきこと」ではない。確定されてはいないがというニュアンスがあることを汲み取りたい。
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解析編
語りの対象・構造型・経路図(後文共通)
対象:帝/光源氏/相人/世間/倭相の相人/01-125/宿曜の達人
- 《帝かしこき御心に》A
帝はかしこき深慮から、 - 《倭相を仰せて》B
倭流の人相見にご命じになり、 - 《思しよりにける筋なれば 今までこの君を親王にもなさせたまはざりけるを》C
ご自身がつとに案じておられた事柄なので、今までこの宮を親王にもなされなかったが、 - 《相人はまことにかしこかりけりと思して》D
相人はまっこと神意を見抜いたものよと心に落ち、 - 《無品の親王の 外戚の寄せなきにては漂はさじ わが御世もいと定めなきを ただ人にて朝廷の御後見をするなむ 行く先も頼もしげなめることと、思し定めて》E
無品親王に付けたところで外戚の支援がない状態にはしておけまい。わが御世もいつまで続くかはなはだ当てにならぬものを。臣下として朝廷の補佐をすることこそが先々も頼もしかろうと、思い定められて、 - 《いよいよ道々の才を習はさせたまふに》F
ますます諸般の学問をお習わせになったところ、 - 《際ことに賢くて ただ人にはいとあたらしけれど・親王となりたまひなば 世の疑ひ負ひたまひぬべく・ものしたまへば》G・H・I
際立ってご聡明ゆえ、臣下に下すには誠に惜しいが、親王におなりになっては世の疑いを負われるは必定であると(倭相の相人が)進言するので、 - 《宿曜の賢き道の人に勘へさせたまふにも・同じさまに申せば》J・K
宿曜におけるその道の達人に判断をおさせになったところ同じように申し上げるので、 - 《源氏になしたてまつるべく思しおきてたり》L
源氏にして差し上げるのがよかろうとご決心なされた次第。
分岐型:A<(B<(C<D+E<)F<(G<H<)I<(J<K<))L
- A<(B<(C<D+E<)F<(G<H<)I<(J<K<))L:A<L、B<F<I<L、C<D+E<F、G<H<I、J<K<L
- A<B:AはBに係る Bの情報量はAとBの合算〈情報伝達の不可逆性〉 ※係り受けは主述関係を含む
- 〈直列型〉<:直進 #:倒置 〈分岐型〉( ):迂回 +:並列 〈中断型〉φ:独立文 [ ]:挿入 |:中止法
- 〈反復型〉~AX:Aの置換X A[,B]:Aの同格B 〈分配型〉A<B|*A<C ※直列型以外は複数登録、直列型は単独使用
述語句・情報の階層・係り受け(構文参照)
附録:助詞・敬語の識別・助動詞
- 帝かしこき御心に 倭相を仰せて 思しよりにける筋なれば 今までこの君を親王にもなさせたまはざりけるを 相人はまことにかしこかりけりと思して 無品の親王の 外戚の寄せなきにては漂はさじ わが御世もいと定めなきを ただ人にて朝廷の御後見をするなむ 行く先も頼もしげなめること と思し定めて いよいよ道々の才を習はさせたまふに
- 助詞:格助 接助 係助 副助 終助 間助 助動詞
- 帝かしこき御心に 倭相を仰せて 思しよりにける筋なれば 今までこの君を親王にもなさせたまはざりけるを 相人はまことにかしこかりけりと思して 無品の親王の 外戚の寄せなきにては漂はさじ わが御世もいと定めなきを ただ人にて朝廷の御後見をするなむ 行く先も頼もしげなめること と思し定めて いよいよ道々の才を習はさせたまふに
- 尊敬語 謙譲語 丁寧語
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語彙編
かしこき御心に
「かしこし」は、神意・霊力に対する畏敬の念を表し、そのような能力をもつ人にも使う。これまで光の君を親王にせず来たこと、そしてついに一世源氏になした叡慮に対して言う。01-125文内ではいろいろなところにかかりうる。ここでは最終的な帝の判断に対して「かしこき」と語り手が評したととっておく。
倭相を仰せて
「仰す」は命じる。「仰せらる」「仰せたまふ」は「言ふ」の尊敬語。倭相をお命じになって。倭相に関して詳細は不明であるが、東宮を選ぶ際に考慮すべき事項のひとつ、国が乱れるのかひとつにまとまるのかを、観相の立場から判断するのであろう。この語句のかかる場所は不明だが、別本系統の陽明文庫など文末「習はさせたまふ」に「に」を補っており、これを採用すると、やや構文は入り組むが「ものしたまへば」にかけることができる。
親王にもなさせ
皇子は親王宣下をしてはじめて親王の位につく。親王になると東宮や天皇になる権利を有する。親王には一品(いっぽん)から四品までの位階があり、それに応じて朝廷からの給付額や待遇に違いがあった。
相人はまことにかしこかりけり
将来を見通す力に対する畏敬の念。
無品の親王/むほん-しんわう
位階のない親王が無品親王である。
外戚の寄せなき
皇族外の親戚(母親の親戚筋、帝である父以外の親戚)による後見がない状態。父帝の亡き後に「無品親王の外戚の寄せなき」になれば、朝廷(父親筋)からも母親筋からも支援が少ない状況に陥る。
ただ人にて
皇籍を離れ、源氏姓をいただき臣下になること。高麗人の判断、国の親となり帝王になる相であるが、その方面で占うと「乱れ憂ふることやあらむ」とあり、朝廷の重責を担う方面から占うと持って生まれた相と矛盾する、とのことだった。臣下になるとどうなるかは不明のままだが、国が乱れ民が憂うことは避け、一世源氏の決断をしたのである。
道々の才
漢学を中心とした貴族社会で必要な諸学問。
おさらい
帝かしこき御心に 倭相を仰せて 思しよりにける筋なれば 今までこの君を親王にもなさせたまはざりけるを 相人はまことにかしこかりけりと思して 無品の親王の 外戚の寄せなきにては漂はさじ わが御世もいと定めなきを ただ人にて朝廷の御後見をするなむ 行く先も頼もしげなめること と思し定めて いよいよ道々の才を習はさせたまふに
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